誕生日
今日は私の誕生日だ。
もう37歳。
たまに自分の歳すらわからなくなるぐらいであるので、おめでとうと言うに値するかはわからない。
けれど、周りの人からおめでとうと言ってもらえるのはありがたい事だ。
今日はなんとなく仕事で休みを取った。
誕生日休暇ほど豪華ではないが、猫とゆっくりした時間を過ごしている。
朝は変わらない時間に猫に起こされ、一緒にご飯を食べてた。
そこからはお互いの生活。
誕生日だからといって猫がずっとチヤホヤしてくれるわけではないので、今日も猫とは同じ距離感だ。
お布団でくつろぐ姿が誕生日プレゼントと言わんばかりの顔をしてくれるので、おでこを撫でておいた。
そうするとコテンと転がってくれて、なんとも愛らしい姿を見せてくれる。
その姿に頬が緩んだ。
温かい部屋で猫とゆっくりする生活。
毎日と変わらない楽しい生活が一番のプレゼントなのかもしれない。
そんなくだらないことを思いながら、今日の晩ご飯は自分の好きなものを食べようと考えた。
新年を迎えて
2023年が幕を開けた。
昨年は個人的にかなり慌ただしい年にはなったので、今年はもう少し落ち着いた年になってほしい。
猫との生活は相変わらず順調だ。
昨年12月に一度、尿の事で慌てふためいたが、検査は問題なし。
その後も大きな事なく生活している。
私の中でこの事は少し気になり続けているが、猫にとってはどこ吹く風た。
全く気にしていない。
猫を迎えて三回目の二月がくる。
私も、猫も、確実に歳をとっていく。
寄り添って温もりを分け合う生活を、後何年続けていけるのだろうか。
悲観的になり不安を感じる私の横で、猫は大きな欠伸をする。
その姿に愛しさを感じ、私の感情はまた揺さぶられるのだ。
激動の日々を過ぎて
やっと落ち着いた…
と今年も末になってようやく一息をつく事が出来た。
旦那とは少し連絡が取れないなどのトラブルがあったが、夏には無事離婚が成立し、私は無事バツイチ持ち家猫おばさんになったのだが
そこから、私に病気が見つかり…
幸い通院がメインで大きな入院などはなく、猫にも迷惑をかけずにすんだが、未だ病気との付き合いは継続中だ。
その病気のこともあり10キロも痩せてしまい、焦りはするが…とりあえず元気にはなってきた。
何事も体が資本というが、間違いないと痛感する出来事だった。
そんな毎日だが、猫は変わりなく元気だ。
夏前から猫を悩ませていた便秘問題も、療養食に変えたおかげで快調である。
最近はホットカーペットの上で寝転がる喜びを覚えて幸せそうだ。
冬毛になって、ふわふわになった体にそっと触れてみる。
嫌な顔せず、撫でさせてくれる猫の体はカーペットからの恩恵で程よい温さになっていた。
これからやってくる季節は身を寄せながら、一人と一匹。
楽しい気持ちで過ごしていきたいものだ。
新しいスタート
すっかりペースが落ちてしまい、気が付けば夏になっていた。
これは彼と死別しないだろうという、日常の中での怠慢があってのことで、今一度気を引き締めねばなるまい。
しかし、今年の私はとにかくツイていない。
会社の新人には振り回された挙句、辞められ、今月までハードスケジュールで仕事をしていた。
遠方の旦那とは離婚が決まって、あとは離婚届けを出すのみだ。
とにかくしんどいの連続だったが、彼は毎日変わらなかった。
あくびをして、気ままにゴロンと横になる。
気が向いたら遊んで、私が撫でるとゴロゴロと喉を鳴らした。
私が辛い時も苦しい時も変わらなかった。
その姿に助けられて、なんとか夏までやってきた。
おかげさまで別の新人が入り、仕事は順調。
私生活は旦那と別れても家には彼がいる。
変わった様で変わらない毎日、これからもその繰り返しになるだろう。
だからこそ、忘れないでいたい。
彼がくれる変わらない幸福を。
自分が前に向けた彼の優しさを。
改めて、36歳一軒家持ちおばさんと7歳おじさん猫の二人暮らし。
彼が亡くなるか、私が亡くなる。
その日まで、ゆっくり暮らしていきたい。
その為にきちんと更新せねばと私は気を引き締めた。
あっという間に
日記を書くと言って、忙しさに殺され1か月も過ぎてしまった。
この1か月も、彼は変わらず元気に過ごしてくれている。
元気な時は幸せな日常が続くと思って、別れの日のことをすっかり忘れてしまう。
この幸せは期限があると常に思わなければいけないのに、悪いところだ。
暖かくなり、彼も冬の装いから毛もふわふわ抜け落ち、最近はなぜか付き纏いやおもちゃの催促が多くなった気がする。
あまりにもニャーニャーと毎日呼びつけられるので、不安分離症などを心配して、爪切りの際に病院でやんわり相談をすると
「お家に慣れて、飼い主さんが大好きになったから、もっと自分のことを見てほしい」のではないか、と解答をもらった。
私もできることしか彼にしてあげれないから、自分にできる範囲で二人、ゆっくり毎日を過ごしていきたいね。
出来るだけ幸せに慣れ過ぎないで、気を引き締めていきたい。
猫のダイエット
我が家の猫はぽっちゃりなので、昨年の秋ぐらいからダイエットを始めている。
ダイエットは大変ではあるが、やはり痩せていた方が病気のリスクに対応できるからだ。
とはいえ、勝手にできるものではない。
ので、かかりつけ医の先生のアドバイスをいただいて、ここ半年は試行錯誤の毎日だ。
猫ちゃんのダイエットは食事と運動が基本になる様で、我が家も食事はダイエット用に変えた。
幸い、好き嫌いをしない猫であるのでどんな餌でも変えたその日からわんぱくに食べてくれている。
最初はロイヤルカナンを食べて減量を、それで体重がゆるやかに落ちてきたら先生と相談して、療法食から餌を変えた。
食事は先生の指導の元、順調に進んでいる。
もうひとつの運動は、最初の頃はおもちゃで遊ぶだけだった、彼との生活を変えた。
そんなに一回は長く遊べないので、遊びたい時は積極的に遊びに誘い。
一人でいる時間が長い彼が楽しめる方法を導入した。
その結果、家の中での活動力を増やす事を中心に彼の行動パターンを見直し、対策に努めた。
まずはキャットタワーの様に家具を配置。
部屋の中をグルグル歩き回るのに高低差をつけ、さらにそこに段差をつけてジャンプだけでなく歩いて移動できる手段を用意した。
そして、一人用のおもちゃも配置。
海老さんを蹴ったり、毛玉のボールを追いかけたり、私が一緒に遊ばなくとも楽しそうにおもちゃを使ってくれている。
結果はついてきて、彼は最近は痩せたと評判だ。
顔が小さくなり、もっちゃりしていたお腹周りが少しシャープにもなった。
かわいいのは変わらないままだが…
ただ、適切な体重まではあと少しなので彼と私のダイエットは続く。
ゆっくり二人で進んでいくつもりだ。
母と猫
小さい頃から猫を飼いたかった。
可愛くてふわふわで、とにかくあの姿が好きだった。
子供の頃に「猫を飼いたい」と言ってはいたが、私の母は相当な猫嫌いだった。
庭のある実家にはたびたび野良猫ちゃんが糞をしに来ていて、その度に母は憤慨していた。
また、猫からする意地悪、気まま、懐かないといったイメージも先行していたようで、母はとにかく猫が嫌いだった。
私もその小さな体験からか、なかなか猫との生活に踏み切れずにいた。
しかし、私は昨年、大きな決断と共に彼を我が家に迎えた。
その際も母からは「気軽に遊びに行けなくなる」と怒られもした。
不安いっぱいスタートした、彼と私と母の関係。
しかし、早々に母は彼の魅力に完敗する。
彼は母に優しく、母が来ればその足元にすりすりと頭を擦り付けた。
なでなでをねだり、その結果。
最初は手で触れなかった母が最近では彼を自然になでている。
頭を寄せ合い、笑い合っていた。
母は今でも猫は好きではないらしい。
ただ、前よりテレビに映る猫を「かわいい」と言っている。
指摘すると怒るので、口にはしない。
彼の部屋の入り口にある電気のスイッチカバーは、かわいい猫柄だ。
母が彼の為に選んだもの。
このカバーを見る度、胸がいっぱいになって、母に感謝の気持ちを抱いている。
歩み寄ってくれたのは彼だけではなく、母もだからだ。
私はいつか来る別れに怯えながら、彼と過ごす幸せな今を噛み締めている。
今日も一日はあっという間に過ぎていった。